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元素が鉄鋼材料の特性に与える影響とは
鉄鋼材料は、主成分を鉄とした材料の総称であり、鉄のほか、C(炭素)やMn(マンガン)、Si(ケイ素)など様々な元素が含まれてできています。鉄は他の元素と組み合わさることで硬くて強い特性や、柔らかく加工がしやすくなる特性など様々な機能的特性を得ることができ、今日では様々な元素を添加した数多くの鉄鋼材料が開発、製造され、私たちの身の回りの多くの製品に使用されています。
鉄鋼材料に含まれる元素は様々なものがありますが、その代表的なものにC(炭素)、Si(ケイ素)、Mn(マンガン)、P(リン)、S(硫黄)があります。これらは鉄鉱石から鉄鋼材料を製造する際に必ず混入するものであり、鋼の5元素と呼ばれています。この基本となる5元素のみで作られた鋼材を「炭素鋼」といい、炭素含有量(質量%濃度)が0.25%以下のものを低炭素鋼、0.25-0.6%のものを中炭素鋼、0.6%以上のものを高炭素鋼と呼びます。炭素量で分類を分けるのは、炭素の含有量によって材料の強度や靭性が大きく変化するためです。よってCは5元素の中でも最も重要な元素と言えます。
一方、この「炭素鋼」に1つ以上の合金元素を添加し、その性質を改善した材料を「合金鋼」と呼びます。加えられる元素はCr(クロム)やNi(ニッケル)など様々な種類があり、加えた元素によって様々な特性を得ることができます。
下表はCが概ね0.45%含有された炭素鋼と合金鋼の比較です。
S45CはCが0.45%程度含有された炭素鋼
SCr 445はS45CにCrが0.9~1.2%含有された合金鋼
SCM 445はSCr445にMoが0.15~0.3%含有された合金鋼
となります。
C量やMn量に多少の違いはありますが、基本の5元素は概ね同じような構成の鋼種です。
元素含有量(単位:mass%)
C | Si | Mn | P | S | Cr | Mo | |
S45C | 0.42~0.48 | 0.15~0.35 | 0.60~0.90 | 0.030以下 | 0.035以下 | - | - |
SCr 445 | 0.43~0.48 | 0.15~0.35 | 0.60~0.85 | 0.030以下 | 0.030以下 | 0.90~1.20 | - |
SCM 445 | 0.43~0.48 | 0.15~0.35 | 0.60~0.85 | 0.030以下 | 0.030以下 | 0.90~1.20 | 0.15~0.30 |
基本の5元素は同じ構成でも、CrやMoといった新たな元素を添加することで、機械的性質は下記のように異なります。
機械的性質(JIS参考値)
降伏点(N/㎟) | 引張強さ(N/㎟) | 伸び(%) | 絞り(%) | 硬さ(HB) | |
S45C | 490以上 | 690以上 | 17以上 | 45以上 | 201~269 |
SCr 445 | 835以上 | 980以上 | 12以上 | 40以上 | 285~352 |
SCM 445 | 885以上 | 1030以上 | 12以上 | 40以上 | 285~352 |
このように鉄鋼材料は添加する元素によってその性質が変わります。様々な合金を添加することにより高機能な鉄鋼材料を製造することが可能ですが、その分コストも高くなるため、設計において材質を選定する際には、必要な性能との「バランス」を考慮することが重要です。
C | 炭素 | 強度や硬さの向上に最も寄与する元素。添加量を増やすことで強度、硬さが向上する一方、延性や靭性は低下します。 | |||||||||||
Si | ケイ素 | 主に脱酸材として使用される元素です。0.5%以下の添加量ではフェライトに固溶し、延性、靭性を損なわずに強度を上げることができますが、添加量が多すぎると脆化してしまいます。また、浸炭鋼に対しては浸炭性を悪化させるという欠点もあります。 | |||||||||||
Mn | マンガン | 添加により焼入れ性を向上させ、靭性を損なわずに強度を増す効果をもつ元素。ただし、多量に添加した場合、焼入れをして使用するような構造用鋼では、残留オーステナイトが生成しやすくなるので注意が必要です。 また、硫黄(S)との結合力が強く、Sと結合することで被削性を増し、赤熱脆性を防止する効果もあります。 | |||||||||||
P | リン | 材料中の粒界に偏析しやすく、強度や靭性を低下させるため、一般的には不純物として扱われる元素です。被削性や耐候性を向上させる効果があるものの、基本的にはなるべく含有量が少なくなるように制御することが必要と言われています。 | |||||||||||
S | 硫黄 | 偏析しやすい元素であり、靭性や溶接性などに悪影響を及ぼす元素です。P同様になるべく含有量を少なくすることが望まれます。一方で、Mnと結合することにより生成するMnSが潤滑効果やチップブレーカーとしての役割を果たすことから、被削性改善の為に添加されることもあります。 | |||||||||||
Cu | 銅 | 耐候性の向上に効果のある元素です。また析出硬化により強度を高めることも可能です。 | |||||||||||
Ni | ニッケル | 強度、焼入れ性だけでなく、靭性を向上させる効果もある元素です。さらに、耐食性を改善したり、低温脆性を防止する効果もあります。 | |||||||||||
Cr | クロム | 焼入れ性、焼戻し抵抗、耐候性、耐食性、耐酸化性を向上させるなど、添加することで様々な効果を得ることができる元素です。また、安定した炭化物を作りやすいため、浸炭を促進する効果もあります。 | |||||||||||
Mo | モリブデン | 添加により焼入れ性、焼戻し抵抗を向上させることができる元素です。焼戻し抵抗については、Crと併合することでその効果はさらに上がります。 | |||||||||||
V | バナジウム | 結晶粒を微細化し靭性を向上させる効果を持つ元素です。また、焼戻し抵抗も増大するため、機械的性質が向上します。ただし、多量に添加した場合はかえって焼入れ性を減退させてしまいます。 | |||||||||||
W | タングステン | 炭化物を生成することで、硬さの上昇をもたらす元素です。また焼戻し抵抗も増大します。ただし、高価なため構造用鋼にはあまり使用されません。 | |||||||||||
B | ボロン | 微量の添加(0.001~0.003%程度)でいちじるしく焼入れ性を増大させることができる元素です。ただし、過剰に加えるとFe2Bを生成し、赤熱脆性を起こします。 | |||||||||||
Ti | チタン | 結晶粒を微細化し、靭性を向上させる効果を持つ元素です。添加により焼入れ性は悪化しますが、焼入れ温度を高くすることで、増加させることもできます。 | |||||||||||
Nb | ニオブ | 結晶粒を微細化し、靭性を向上させる効果を持つ元素です。また、結晶粒の粗大化温度を上昇させる効果もあります。 | |||||||||||
Zr | ジルコニウム | 結晶粒を微細化する効果を持つ元素です。0.1~0.2%添加でいちじるしく強化し、伸び、絞りを高めることが可能です。 | |||||||||||
Al | アルミ | 脱酸剤として使用される元素です。窒化するとAINを生成し、著しく表面硬化します。結晶粒を微細にする効果もあります。 | |||||||||||
O | 酸素 | 他の元素と酸化物を作り、機械的性質、熱間加工性を害します。地きずの原因にもなります。 | |||||||||||
N | 窒素 | Al,V,Ti,Zr,Nbなどと結合して結晶粒を微細化し靭性を向上させる効果を持つ元素です。 |